• 2015/05/01
  • 考え方

まちの保育園が考えるレッジョ・エミリア教育について

保育室 (2)

レッジョ・エミリア教育(以下「レッジョ教育」と言います)は、北イタリアの小都市レッジョ・エミリア市でかたちづくられた教育であり、1990年代にアメリカ版ニューズウィーク誌に取り上げられ、教育界で高く評価されました。それ以来、世界的に広がり、それぞれの国で発展を遂げています。

レッジョ教育は、専門的に様々な理論や教育思想を土台にしながら、コミュニティ(共同性)の中で豊かな保育がなされ、さらに、保育環境やこどもたちの姿が創造的で美しいため、レッジョ教育に魅了される人は後を絶ちません。
 
私たちはレッジョ教育から多くのインスピレーションを受けていますが、レッジョ教育をそのまましているわけではありません。そのままは出来ないと言った方が正しいかもしれません。レッジョ教育は、コミュニティが大切にされるため、そのコミュニティの意志や価値観が保育に反映されます。そのため、国民性や文化が異なれば、保育内容は変わってくるからです。
 
私たちは、”イタリアのレッジョ教育”をやるのではなく、”まちの保育園の保育”を実践しています。しかし、保育においてコミュニティの力を信じているという意味では、レッジョ教育と共通の理念を持っていると言うこともできます。
 
どの地域、どの時代でも、ひとつだけ変わらないものがあります。それが「こども観」です。レッジョ教育において「こどもとは、その可能性において豊かであり、有能で、力強く、大人や他の子どもたちとの結びつきの中で生きる存在」とされています。ここが、私たちが深く共感しているところです。こどもは「有能な学び手」として、学び続ける意欲と能力が励まされます。一市民として、コミュニティに参加し、生活を共に豊かにする役割を期待されます。無条件に愛され、それぞれが主人公として徹底して尊重されます。
 
まちの保育園で、そういったこども観を、皆で共有し、こどもたちの姿をみて、こども観を一層豊かなものとして育んで行ければと思っています。